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2011年4月18日 (月)

先生の先生の名言

学生時代に、とある教授が退官した。
その際に、なぜか手に入れたものがある。
その名もずばり「○先生名言集」。
退官記念に当時の院生が作ったのだろうと思うその冊子は全部で14ページ。
含蓄のある言葉だなぁと思うようになったのが、この数年。

スキャナを購入したこともあって、テキストで抜いてみた。
印刷物なのに意外と認識率が悪くて驚いたのだが、やはり漢字・カタカナ・ひらがな・英数字を使う日本語は
認識が相当難しいのだろうな。

せっかくスキャナで作業をしたので、ここにコピペしてみようと思う。

というわけで、以下引用

○先生名語録集
「自分の内なる声を聴いてみなさい。」

「日本だけを見なくていい。世界を見なさい。」

[自分いじめ、特攻精神はやめよう。」

「子どもを対等に扱いなさい。」

「弱い者が強い者を支えることもある。」

「カウンセラーが人生論を語りだしたらおしまいだ。」
「臨床家には、研究・研修・サービスの3つが必要。」

「臨床にセンスというものはあるかもしれない。センスのある人は、それを伸ばさないのは罪悪だ。鈍い人も訓練によって鈍いなりにやっていける。」

「ゆっくりと大きくなればいい。」

「持続を!とにかく持続させることです。」

「何をしたいのですか?やりたいことをすることです。」

「自分で納得することが大事。」

「教えてもらうということは、教えているということになる。」

「クライエントを自分のために利周してはいけない。」

「どんな場でも学ぶべきことがある。」

「映画をたくさん見てください。」

「研究というものは粘土加工ではなくて、彫刻を彫るようなもの。一つのものをあちこちいじってないで、失敗してもいいから新しいものを彫りなさい。失敗はしても、いずれうまく彫れるようになる。」

「自分の経験について第三者を介入させる揚が設定されたときには、失敗から学ぶことができる。」

「自分に対する信頼や、周囲の人から学べるという信頼感があると、学べる場が形成される。」

「語るというのは、確かに自分の内的なフロセスを客観化できるところがあるが、自分が耐えられる範囲で言ってるわけだから、自分の防御が働いている部分については、結局何もわかっていないわけです。」

「学び取ることの難しさというのは、自分をさらすことの難しさでもあるのじやないかな。」

「自分をさらせる経験が非常に素朴な形でできていると、第三者を利用する自分の内的な態勢が、上手に自然にできてくると思う。」

「いわば失敗になれているというか、第三者を利用できる、そういう人は成長も早いし、また実践の姿勢も柔軟ですよわ。」

「治療者は『くさく』なるんです。カウンセラーだなという独特の『匂い』かするんですけど、あれは防衛のにおいですよ、我々の。

「自分の治療的経験を今味するときには、いくつかタイプの違う治療者にスーパービジョンを受けるのがいい。」

「権威性というのは、それ自体大事なもので、力とか経験とか見識だとか、そういうものが一体になっているもの。依存性が操作されて利用されてしまう、呑まれてしまう、そういうのが権力性ですよね。」

「私だって、とっても甘えたいし依存したいですよ。そして支配したり呑み込んだりすることによって、自分自身の欲求を満足させたい思いはありますよ。でも『我慢』しているんです。」

「我々はオールラウンドで何でもやれるっていうわけじゃないから、やっぱり自分の個性がどちらの方向にあるかを知っていくということは、すごく大串だと思います。」

「カウンセリングでは、中心と周辺、省略と強調ということが大変大事です。」

「はじめは、相手の気持ちがぴったりと捉えられるのはうれしいことです。だけど、相手の気持ちをぴったりと捉える、そんなところにドラマはない、カウンセリングはない、という風にわかってきます。それはもういらないんだと。もう、どんどんカウンセラーの考えや感じを言ったってかまわないんだ、『このクライエントの核心はここだ』を強調しなければならないとわかってくる。」

「やはり最初はそういう修行をしないとだめですね。本当に、人間を如実に従える、表現することの技術を身につけないとだめですね。」

「まず第一に、クライエントとの距離をしっかりと掴まないといけない。この人は自分と違うんだ。それを本当に掴むためには、自分白身の生い立ちをしっかりと知らないとだめなんです。」

「カウンセラーが、自分とクライエントとの心理的距離を、いつも可能な限り正確に捉えていることは、心理面接の中でもっとも大切なことになるのです。」

「カウンセラーの言葉は、それを表現することが大事だという判断に基づいたものですね。よく言うと自然に、悪く言うと、むやみやたらに、衝動的に、勝手にものを言っているのではありません。それが私の考える技法ということです。」

「文字で読んだり、開いたりした材料が、カウンヤフーの心の中で立ち上がって生きて動いてこないとだめですね。」

「自分をまな仮にして、自分をうんと知ることがまず第一なんてすね。それがカウンセラーの日常的な訓練です。」

「間というか裂け目というか、境界、境目に気づくときに出てくる自分の内的な感覚と意識、それがアイデンティティにつながるのではないかと思うのです。」

「自己主張というのは、結局、自分というものが少しでき始めたときに、外と自分とを分け始めるときに起こってくるいろいろな動きですね。」

「アイデンティフィケーションをもう一度自分で総括して初めて、本末の自分というものが生まれてくる。」

「社会全休の構造的変化、価値的変化によって、私たちが自分は何をしようかといったときに、自分の内側に必ず問いを一度発せざるを得ない。いったい自分は何を求めているのだろうかと。」

「アイデンティティを再変成しなければならないときに、今までと同じように、中身が虚ろなまま中年期を迎えていると、いざというときにガラガラと崩れてしまう。」

「本当のアイデンティティ、つまり内的に充実している場合には柔軟性が出てきて、他者に対しても寛容になる。けれども、ヒトラーの時代のドイツは、むしろ内的には不安定感が強くて、ドイツを、ゲルマン民族を純化し、他のものを排除することによって自己の安定感を保った。境界を厳しくすることでアイデンティティを守らねばならなかった。内的に不妥が高く、不安定であると、アイデンティティは硬直する。」

「治療者がクライエントの夢を見るというのは、全部治療者のアクティング・アウトと考えていい。治療者の逆転移と考えていい。けれど、夢は私の感じだと、唯一の逆転移を治療的に扱う材料だ と思います。いろんな人が逆転移の治療的利用とか言ってるけど、そう生易しくないです。」

「行動には全て意味がある。全て意味づけて、自分との関係で解釈できるかどうか、だからサイコセラピストというのは、ある意味ですごく関係妄想的な人です。全てを関係づける。全ての人に意味を見いだして、自分との関係で考えようとするんですから。それを正気でやるということです。肥大感ではないでしょう。そこがちょっと違う。」

「意味として読みとるためには、こちらに意味の体系がないといけない。その意味の体系が、経験であってもいいし、それから一番大事なのは理論ということです。」

「無意識を意識化するというのはそういう意味です。体験が言葉によって統合される。そのためには治療者が体験を言葉によって統合していないと、クライエントがそれを知ることはできないということになると思います。」

「体を動かさないで、口を動かす。しかも口を動かしたら、必ず体を動かさない分だけ防衛的になりますから、その防衛を取っ払ってロを動かすというと、ものすごく無力になる。裸みたいになる。その中で訓練をする。その中で相手の体験を受け止める。そうするとロが動くようになると思います。」

「プロでなくてもすばらしい人はたくさんいます。けれど、プロの辛さというのは、言葉にする辛さだと思います。言わないでよければ本当にいいんだけれど、言わなかったら関われないんだから。」

「クライエントは『先生が一番』と必ず言ってきますよね。そうすると、自分は一番かなと思ってしまうわけです。その瞬間に、自分の経験がそこで凝固してしまうわけです。そうすると、もう動かなくなる。そこで何か出てくるかというと、独特の匂いが出るんです。例えば、心理臨床家の匂いがするとかね。医者の匂いとか、先生の匂いとか。あの匂いは何かと言うとね、経験が閉ざされて、外からの新しい経験が入ってこなくなった、小さなナルシシズムですね。」

「サイコセラピーというのは、孤立した状態ではちょっとやれないと思うんですね。誰かに支えら れていないとできないところがある。」

「我々はクライ工ン卜に影響を与えるけれども、その分クライエントから影響を受けているんです。」

「いいセラヒストになるためには、クライエントが変わらないといけないわけです。」

「我々はリアクションをアクションと誤解しているところがある,我々がいろいろやっているのは、ほとんどリアクションなんですよ。誰か言うからやる。あるいは相手に従うと。日本の文化そのものがリアクション文化なんですよね。」

「人生は変化する、変容する、けれどその瞬問ヽに完成している。常に。ただ、変容したら、次に新しい課題がある、新しい変容すべき危機がまた訪れる。」

「日本のアグレッションは我慢ですよね.我慢して、我慢して、我慢して、堪忍袋の緒が切れるという そのときにはパニックになる。神風というのは、そういう象徴的な意味があるんですね。パニックになったとき、日本はあれをするという。休当たりで当たってきて、もう全部いなくなる。特攻隊ですね。絶対に意味がないということをわかっていてもやる。それは日本の歴史でずーっと締り返されている。で、我々もやっているんです、一人一人が。そこでは自我が崩壊してしまう。」

「日本で自主性をある程度身につけた人の自我同一性というのは、違ってくる。その違いは、恥意識の方向ではなく、罪意識に現れてくるはずです。」

「自分のケアをしないといけないときに、人のケアってなかなかできないですよ。」

「カウンセリングとか教育といったものの中では、まさにその、世代性がテーマではないかと思うんです、」

「サイコセラピーは三十歳からというのは、大人になっていないと、ケアすることも全部自分の自尊心を高める、あるいは自分のナルシシズムを満足させるための手段になってしまうことがある

「おじいちゃん・おばあちゃんはだいたいいい子になってしまう。世話をする人がそういう言葉を使うからということもある。病院に入院している人などを赤ん坊として扱うでしょ。あれは僕は、やっちやいけないんじゃないかなと思うんですよ。こうずっと人生をずんできた人の尊厳性というのは、死ぬまでそこにあるはずだと思って、しっかり敬意を払うべきだと思う、」

「アクションを起こしてください。リアクションじゃなくて。」

引用ここまで。
この作業をやり遂げたことで、満足感を覚えたね。

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