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2010年5月

2010年5月 6日 (木)

読書録.ver15

久しぶりに、更新。
3月~4月がかなりの勢いで去っていった。
その中で読んだのがこの2冊。

村瀬 嘉代子 (著), 青木 省三 (著) 心理療法とは何か―生きられた時間を求めて 金剛出版
青木 省三 (著) 思春期の心の臨床―面接の基本とすすめ方 金剛出版

どちらも良い本だ。
何が良いかというのも色々あるだろうから、記憶している限り言葉にしてみよう。
それがこのブログの目的であるのだ。

「心理療法とは何か」から、いってみよう。
この本では村瀬氏の言葉が突き刺さった。
うろ覚えなので、私の記憶の中で改変されていることだと思う。
是非確かめていただいて、私の記憶の改変に、ほくそ笑んでいただきたい。

“セラピーの中だけ見て、それはそれは素晴らしい展開をされていたのですけども
 現実はどうだったのでしょうか?この方が来て、ほんの一つでも良いのです。
 現実世界で楽になるようなことがあったのでしょうか?”

見えぬモノを想像し、尋ね、聴くのは、現実世界で生きやすくなってもらうためである。
週1回セラピーにこられたとして、残りの6日と23時間の方が大事なのだ。
あまりに当たり前すぎて、なんか言葉にすると、違和感を覚えるのだが
実際にやってみると、その1時間があまりにもクロースアップされて、視野狭窄に陥りがちなのだ。
というわけで、これは座右の銘とする。

次は「思春期の心の臨床」だ。
これもまたうろ覚えで申し訳ないのだが
 “如何に安全に暗部を作るか”という内容だ。

 安全な暗部という表現は物騒だが、「大人から見えない自分を作る・出す場所」ということだ。
 そうだ、【たまり場】といえば良いのだ。
 近所のお好み焼きやとか、面倒見の良いおばちゃんがいて……とかそういうシチュエーションだ。

これまた、当たり前のように感じるのだが、管理者側に回ってみると、その状況が怖いのなんのって。
下手すりゃイジメや不法行為がその場で起こりうる(という妄想や危惧を抱くのだ)。

これは、大人達(管理者側ね)の器というか枠というか、そういう意識・不安を
大人達が如何に抱え続けられるか、という課題に他ならない。
自分たちもそういった場を使って成長してきたのだ。

どうしてかは解らんけど、自分たちは良かったけど、お前達はだめ、と言いたくなる自分がいるのだ。
不思議なもんです。

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