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2010年3月

2010年3月 3日 (水)

続・本棚を見てみると

「ラ・ロシュフコー箴言集」 岩波文庫読了。

いや~10年経つと、それなりに読めるようになるもんだと、驚いた。
昔はほとんど読めなかったんだけどね。

そこで、気に入った箴言を羅列しておくことにする。

以下、上記の文庫より、引用。

自分の内にやすらぎを見いだせないときは、外にそれを求めても無駄である。

誰もが自分の記憶力を慨嘆し、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない。

われわれは皆、他人の不幸には充分耐えられるだけの強さを持っている。

運命によってわれわれに起きる全てのことに、われわれの気質が値段をつける。

人から受ける強制は、多くの場合、自分自身に加える強制よりも辛くない。

他人に理を見いだそうと思わなくなるときは、すでに自分にも理はない

およそ忠告ほど人が気前よく与えるものはない

仕合わせな人々の慎ましさは、幸運が彼らの気質に与える穏やかさから来る。

自分の秘密を、自分自身が守れないのに、相手に守ってくれなどと、どうして言えよう?

自分の過ちが自分だけにしか知られていない時は、われわれは容易にそれを忘れてしまう。

われわれが不信を抱いていれば、相手がわれわれを騙すのは正当なことになる。

恋の病は先に治るほうが良く治るときまっている。

われわれの妬みは、われわれが妬む相手の幸福よりも必ず長続きする。

同じ頭を使うなら、この先身に降りかかるかもしれない不幸を案ずるのに使うより、
現にわが身に降りかかっている不幸に耐えるために使う方がよい。

気前の良さと呼ばれるものは、おおむね、与えてやるのだという虚栄心にすぎず、
われわれにはこのほうが与える物より大切なのである。

精神の狭小は頑迷をもたらす。そしてわれわれは自分の理解を超えることを容易に信じない

われわれは相手にうんざりしても、その人を大目に見てやることが多いが、
われわれにうんざりするような相手は、容赦できない。

あの男は恩知らずだ。ただし彼の忘恩は、彼が悪いと言うよりも、
むしろ彼に恩恵を施した男の方に罪がある。

年寄りは、悪い手本を示すことが出来なくなった腹いせに、良い教訓を垂れたがる。

もし自分に傲慢さが少しでもなければ、われわれは他人の傲慢を責めはしないだろう。

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