« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »

2008年6月

2008年6月29日 (日)

予防と危機予測

危機を予測したときには、それを予防するのが良い。
まぁ、当然だろう。
バブル崩壊による失われた10年とか、まじパネェすよ。
金融や政治など、、対象がマスになる場合は必須だろう。

だが、たとえば教育などの臨床ではどうか?
予測された危機が、対象を台無しにしてしまわないという条件で
予防に走らない事もあるのではないだろうか?

対象者に「このままでは、いかん」
という危機感を持ってもらいたい時など
危機を転機として利用することはあり得るだろう。

E.H.エリクソンの言う、危機(crisis)は成長の機会でもあるのだ。

危機が対象者を台無しにしないかどうかの判断は何処で行われるのか?
それこそが「心理学的理解」「見立て」によるのだろう。

単なる勘では、勝負にならない。
対象者-面接者間で起こった事実
対象者の語りの内容
周囲の状況などなど、すべてを勘案するのだ。

危機を乗り越えれば、何らかの成長を見込めるのだが
変化に対して必要とされるエネルギーは決して少なくないので
対象者だけでなく、面接者もすごく疲れるのだ、きっと。

身体は大事にしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月22日 (日)

我が身を以て知れ

さて、梅雨だ。蒸し暑いのはきらいだ。

ところでセラピストが、主体的になれないクライエントに陰性感情を持つのはありうることだ。
しかし、だ。セラピストが主体的でないときに、クライエントにそうであることを求めるのは、少々酷な話であると思われる。

面接を振り返ると「ああいえば良かった、こう言う事もできた」と後悔する事は個人的に多い。
しかし、クライエントが「こうすればよかった」という事を聞くと、苛立ちを覚えたりもする。
あぁ、セラピストでもクライエントでも、「その場で、適切に行動な行動を選択、実行するというのは難しい事なのだなぁ」としみじみ思った週末。


合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月15日 (日)

手間をかけてやれ

私は料理が好きだ。で、いろいろ手作りしたい人でもある。

餃子の皮
パスタソース(トマト、クリームどちらも)
アンチョビ
らっきょう
梅酒(これだけは相方製)
胡瓜と青瓜の浅漬け
烏賊の塩辛
松前漬
サラダのドレッシングなどなど

出汁は昆布、煮干、かつお節(本枯節ではないが)でとる。
魚介類も適当な大きさのものであれば、
捌く事はたいした手間ではないと思うようにもなった。
甲イカの墨の量には辟易したけども。

これらの作業は面倒でもあり、楽しくもある。

手間をかけることが嫌ではないのだ。
アンチョビなんぞはスーパーで買えば1回数百円だが
自分で作ってしまえば材料費は1年分で数百円である。
アンチョビのキャベツのスパゲッティとか
ジャガイモのオーブン焼き-アンチョビとマヨネーズのソース添え-
いつ食べてもうまいと思う。

かつおと昆布で出汁をとり、おでんを作って、
出汁を取ったかつおと昆布を佃煮にするとかもう楽しいのなんのって。

で、何が言いたいのかというと

今の自分にとって大事なものは、以前はすべて自分の外側にあったものだ。
まずはそのまま取り入れて、矯めつ眇めつ
繰り返し作っては、楽しんだり後悔したりして
徐々に自分好みに改良(あくまで、だ)しているといつの間にかそのものは
自分にしっくりくるものになっている。

最初から大事なものなんて無いだろう。
ほんの少し気に入ったものに手間暇かけるから
自分にとって大事なものになるのだ。
自分にとって大事なものができるというのは幸せな事なのだと思う。

「セラピストが臨床業務で無精をするなら
セラピストの看板降ろさにゃなりません。」
という「おせん」の台詞にインスパイアされてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月13日 (金)

読書録 ver.2

これも入院中に読んだ本。
「心理療法・失敗例の臨床研究 その予防と治療関係の立て直し方 」 著:岩壁茂 金剛出版
各種心理療法に共通する治療関係における考察は読み応えあり。
心理療法の失敗・成功というテーマで論文がたくさん書かれているのは知らなかった。
げに恐ろしきは無知なり。
治療関係というと、分析~力動系の面接者に向けた書物と思われるかもしれない。

だが、ちょっと待って欲しい。当たり前の話だが、心理療法は対人関係の中で行われる行為である。
だからこそ、どんな方法を使うにせよ治療関係を考慮しないわけにはいかない。
行動療法だろうが精神分析だろうが、被援助者が存在しなければ、成立しないのだ。
いわゆる治療契約とか治療同盟と呼ばれるやつだ。

行動療法で治療関係に言及しているものはあるのだろうか?と唐突に気になって
「行動療法 治療関係」でたった今ググってみたけど、出てきたのは認知行動療法がほとんどだった。
行動療法ではアセスメントをする際に「治療関係なんぞは作れて当たり前」というスタンスなのだろうか?
この点はよく知らないので、どなたか突っ込んでいただけるとありがたいです。

本題に戻ろう。
今は手元にないので(実は、職場で購入した書籍なのだ)、内容が違うのかもしれないが
記憶は変成するので勘弁して欲しい。
「セラピストの原初的傷つきやすさ」についての記述を若手の面接者は一度は読んでおくべきだと思った。
きっと「あ、自分だけじゃない」って安心できるはずだから。

おもしろく、興味深く読めました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 9日 (月)

読書録 ver.1

入院中に「新しい思春期像と精神療法」著:滝川一廣 金剛出版 を読んだ。

中井久夫や木村敏の流れを汲む児童精神科医の著者の論考集。
学術論文ではないので、読みやすい。而して、内容は濃い。
そらもう、濃い。天下一品のこってり味くらいに濃い。
 第1部では「家庭の養育力が落ちている」とか「青少年の凶悪犯罪が増えている」など、
ワイドショーで喜ばれるようなテーマを統計的な資料をもってばっさりと切っている。
その中で、現状をどのように理解するのか、どのように援助するのかを丁寧に論じていく。
私にとっては頷ける箇所が多かった。
理解はラディカル(根本的)に、関与はコンサバティブ(保存的)にという、
相反する(はずの)二重性を分離させずに抱えて、臨床をしている筆者の懐の深さを感じさせる。
思春期・青年期への対応としては、成人のそれと違い、「育てる」という観点が不可欠だが、
そういう姿勢がすべての論考から一貫して受け取られる。
1988~2000にかけての論考集でありながら、主張が一貫しており、読んでいて非常に安心できた。
治療者の一貫性・安定性が、相談者にどれほど大きな正の影響を与えるかは
臨床経験のある人なら容易に想像できるだろう。
どれも一読の価値ありなのだが、白眉は「レジデンシャルケアにおける心理治療」、これ。
入院中だったが、読みながら身震いした。
仕事の仕方としては、「学校」という子どもの生活の場に入っていくSCにも参考になるのかもしれないと妄想した。
思春期・青年期(小中高)に関わる臨床家・興味のある学生には是非一読を勧めたい。
というか買って損はない。4200円は安い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 6日 (金)

職場復帰

初日、何となく行きづらい気持ちと身体を引きずりつつ長欠者の行きにくさはこういう物かと思いながら職場へ向かった。













後人の話を聴くのはこんなに疲れることだったっけ?と心身ともにぐったりとした自分がいた。

きっと、あれだ。ほら、自動車は発進時に一番燃料を喰うってやつだ。
10日間でこんなに変わるとは思ってもみなかった。
もちろん手術後に体力を失っていたという要因は否定できない。

振り返って考えると、日々の共通性というか連続性というか、そういったものを失うというのは存外負担が大きいことのように思った。
だいたい感覚が戻るのに一週間ほど要した。
ひょっとするとアイデンティティにつながる感覚なのかもしれない。
日々が新たで、そこに共通する部分や連続している、という感覚を覚えられなかったとしたら
大きな不安へのドライブがかかるのだろう。

と、大きなことを言ってはみたが、広げた風呂敷を畳みきれない。
どうしよう……困りながら終わることとしよう。

そうだ、それがいい。
いや、それがいいのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 1日 (日)

入院体験 ver.4

結構長いな、このエントリ。
今回は様々な事情が交絡した結果、手術では全身麻酔をかけることになった。

以前、後輩から「麻酔は起きていてやろうなんていう意志とは関係なく落ちる」
と聞いていたが、実際にそうだった。
点滴による全麻だったのだが、手の甲から麻酔を入れて肘のあたりまでしびれてきた。
もちろん事前に説明があったのだが、「点滴失敗してんのと違うか?!」と思うくらい痛かった。
私「ジンジンとすっげぇ痛いんですけど」
医「麻酔が入ってますからね」
というやりとりが終わった瞬間に意識を消失したらしい。
凄いぞ麻酔。

麻酔が覚めたときにはガラガラとベッドで病棟まで移動している最中だった。
ぼやけた頭で主治医の説明を聞く。一応成功とのこと。
よかったなぁ、とは思うが、ぼやけた頭で聞かされてもねぇ。
きっと主治医も忙しいのだろう。土日も病棟に出ていたしな。
医師の労働基準法とか、どうなってんの?
患者を看ることが必要、というのは了解する。
けど、休むことも仕事のうちだって、バッチャもいってたぞ。
心身ともに充実した状態で治療に臨んで欲しいなぁ。

主治医の忙しさはとりあえず、棚上げ。
傷自体はほとんど痛まず、痛み止めを一度も使うことなく抜糸を迎えた。
傷口以外は健康体なので、看護師さんも「何かあったら言ってくださいね」とシャーって去って行かれる。
確かにほとんどのことが自分でできるので、それで良いのだ。だが何となく寂しい。
嫉妬だったのだな、きっと。

きょうだい葛藤なのか?自己愛とも関連しているかな。

で、治ってくると傷口が痒いのね。触れたら痛いのに。
風呂に入れず頭も痒くて大変だった。
一番つらかった時期かもしんない。

主治医から入浴の許可が出た時は大変うれしかった。
やっぱり風呂はいい。大変さっぱりして日本という文化圏に生まれてきたこと幸せに思ったのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年5月 | トップページ | 2008年7月 »